スピード向上のためのランニングメカニクスの活用
マラソンで好記録を達成するために最も重要な要素の一つは、レース全体を通して一定のペースを維持することです。効果的なレース運びは目標タイムの達成に直結し、多くのランナーがスピード向上を目指してトレーニングに励みます。平均スピードを維持するには多くのエネルギーが必要ですが、同じエネルギー量を使っても、走り方によってスピードの維持効率は大きく変わります。つまり、エネルギー効率は非常に重要な要素です。
正しいランニングフォームは筋肉の協調性を高め、エネルギーの無駄を減らします。これは記録と直接的な関係があり、フォームの良し悪しは身体の動き、つまりバイオメカニクスと密接に関連します。こうした走行中のバイオメカニクス指標を「ランニングメカニクス」と呼びます。その中でも特に直感的かつ計測しやすい ケイデンス(cadence) と ストライド(stride length) に注目し、世界クラスの選手の事例を見ていきましょう。
「1 分間に進む距離」は「一歩の長さ(ストライド)」と「1 分間の歩数(ケイデンス)」の積で決まります。
ストライド(stride length) は一歩の距離を意味し、各ステップでどれだけ筋力を発揮しているかを反映します。適切なストライドはエネルギー効率を最大化し、ケガの予防にもつながります。しかし、理想的なストライドはスピードだけでなく、身長や脚の長さ、体力など個人の体格によって異なるため、画一的に定義することは困難です。適正なストライドは、着地時の足が身体の中心線付近にあるかどうかで判断されます。
オーバーストライド(Overstride)、つまり過度に足を前に出しすぎると、着地時にブレーキがかかり、前に進むために余計な推進力が必要になります。その結果、衝撃が体全体に均等に分散されず、ケガのリスクが高まります。
逆に、アンダーストライド(Understride) は足が体の中心線よりも後ろに着地してしまう状態で、ステップが短くなり、十分な推進力を得られません。この場合、より多くのエネルギーを使ってスピードを維持しなければならず、効率的ではありません。したがって、オーバーストライドやアンダーストライドを避け、個人に合ったストライドを保つことが重要です。
ケイデンス(Cadence) は 1 分間に足を地面に着ける回数を意味し、ランニング効率を表す重要な指標です。一般的には "spm"(steps per minute:1 分間のステップ数)という単位で表されます。ストライド同様、ケイデンスもスピードや体格により異なるため、適正な基準は人それぞれです。
統計的に見ると、ケイデンスは 165 ~ 190spm の範囲で現れることが多いです。身長が高いほどケイデンスは低くなる傾向があり、熟練したランナーは 190spm 以上 の高いケイデンスを記録することもあります。165spm 未満 はオーバーストライドの兆候となる可能性があります。適正なケイデンスを維持することで、ランニングのリズムやエネルギー効率が向上し、ケガの予防にもつながります。
スピードは ストライド × ケイデンス によって決まるため、どちらかを高めればスピード向上が見込めます。では、記録向上の観点では、どちらを高めるのがより効率的なのでしょうか?
以下は、2007 年 大阪 IAAF 世界陸上 男子 10,000m 決勝 でメダルを獲得した 3 選手のデータを分析した結果です。
研究チームは、デジタルビデオカメラで選手の動作を撮影し、3 次元モーション分析を通じてフォームやエネルギー効率を測定しました。また、100m ごとのタイムとステップ数を記録し、ストライドを計算しました。
3 人の選手は、8800m 地点までほぼ同じペースで走り、ラスト 3 周で一気にスピードを上げました。9600m 地点までは同じようなペースでしたが、最後の 400m で順位が決まりました。
Bekele は大きなストライドと少ないステップ数を維持し、Mathathi は比較的小さなストライドと多いステップ数を記録しました。ストライド長と身長の比率では、Bekele が 1.23、他の 2 人は 1.13 でした。レース中のフォーム変化はほとんど見られませんでした。
ラスト 1 周で、Bekele はケイデンスを 215spm まで引き上げました。一方、Sihine と Mathathi はストライドを 2m 以上 に広げてラストスパートを行いました。研究結果によれば、Bekele はレース全体を通して最も高い出力を発揮していたものの、エネルギー効率は 3 人ともほぼ同等で、レース後に異常な疲労も見られませんでした。
このことから、特定の方法が絶対に有利だとは言い切れない ことが分かります。世界トップクラスの選手でもストライドとケイデンスの取り方には違いがあり、スピードの上げ方も個人差があります。実際の統計からも、ストライドやケイデンスは人によって異なり、スピード向上の方法も「ストライドを伸ばす」「ケイデンスを上げる」「両方調整する」など様々です。
最終的には、酸素消費が少なく、エネルギー効率が高く、疲労を最小限に抑えられる方法 が、その人にとって最適な答えだと言えるでしょう。